夢に向かって歩くということ
最近またキュレーションサイトや本を読んで、うだうだと考えることが多くなってきています。
今回は、「夢」について考えてみます。
私の実際の「気づき」も含めて、まとめたいと思います。
何か始めるときは誰だって不安だ
私は結婚してから編み物を始めました。
なんとなく興味を持ってたけれど、上手くできる自信がないから敬遠していました。
目の数を間違えそうだし、セーターなんかどんな構造になっているのか皆目見当がつかないし……。
悩みながら本屋さんで入門書をめくっていたら、夫が「やってみれば?」と背中を押してくれました。
それから少しずつ基礎を学んで、今はショールに挑戦しています。
あの時背中を押してもらわなかったら、編み物の楽しさを知らずに生きてたでしょうね……。
子供の頃の夢
小さい頃、幼稚園でバースデー絵本をもらいました。
当時の身長や体重の他に、将来の夢を書く欄があったのです。
私はそこに、迷わずじゃがいもと書きました。
じゃがいもが大好きです。
茹でて塩かけただけでも美味しいし、マヨネーズとの相性も抜群。
ポテトサラダは神がかってると思いますし、おでんにじゃがいもが入っていたらテンションアゲアゲです。
そんな、大好きなじゃがいもになりたくて。
強い意志と思いを込めて、私は「じゃがいも」と書きました。
しかしそこで、先生からNGを食らったのです。
「ハルちゃん、じゃがいもはダメだよ。みんなと同じようにしようね。」
なぜ私がじゃがいもを諦めねばならん。
当時の私は深く悲しみながら、じゃがいもの文字を消し、「ケーキ屋さん」と大嘘を書きました。
私はじゃがいもになりたい……。
ここで疑問に思うこと
まあ、この記事を読んでいるみなさんが一番疑問なのは、「よくそこでじゃがいもが出てくるな」というようなことでしょうが。
ここは話を本題に戻しましょう。
確かに私が悪かったです。
さすがにじゃがいもはないです。
先生ごめん。
しかし、みんなと同じにする必要はないし、自分の考えられる範囲で新しい夢を設定すればよかったのでは?
なぜじゃがいもがダメなのか?
なれると思ってるから書いたのに。
夢を否定しない
まあじゃがいもは否定されたってぐうの音も出ませんけど。
世界一のバレエダンサー、HIDEさんみたいなギタリスト、人間国宝、オリンピックで金メダル、スケールの大きな夢って沢山あると思うんですよ。
しかし、夢を叶えるのに失敗のリスクや挫折はつきものです。
大人がそれを教えてあげることも必要だと思います。
私の場合ですが、私には葉緑体がないので光合成ができず、根も張っていないのでじゃがいもができません。
こう言われると、ああなるほどな、と思って諦めます。
やめさせられた夢と挫折した夢
私には沢山の挫折した夢があります。
もちろん、一部には持病も理由として上がってきます。
力不足を感じたり、学歴が足りなかったり、行動する勇気がなかったり、理由は様々ですが、清々しくもあります。
一方、やめさせられた夢はずっと心の中でしこりとして残り、じゃがいもを見るたびにふと思い出します。
やがてそれはコンプレックスや自己否定につながり、どうせ自分なんて……。という思考につながっていきます。
全肯定する必要はないけれど
大切なのは本人の意志と人生ではないでしょうか。
先に例としてお話ししましたが、家族の後押しは心強いものです。
無理に挑戦をやめさせることなく、まずはやってみせ、合わなければやめりゃいいやくらいで。
目指す仕事、スキルについて知っている人に話を聞いてみましょう。
思いがけない落とし穴が見つかるかも……。
じゃがいも
未だに「じゃがいも全体」になりたかったのか、「収穫されたじゃがいも」を目指していたのかわかりません。